神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)842号 判決 1992年2月27日
原告
橋本昭男
被告
松尾信孝
ほか二名
主文
一1 被告松尾信孝、同松尾正は、原告に対し、各自金一七三万九三一四円及びこれに対する昭和六〇年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告松尾信孝、同松尾正に対するその余の請求を棄却する。
二 原告の被告諏訪日那子に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告松尾信孝、同松尾正間の分は、これを五分し、その三を原告の、その二を被告らの各負担とし、原告と被告諏訪日那子間の分は、全部原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自金五〇一万七七二九円及びこれに対する昭和六〇年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、普通乗用自動車に追突された普通乗用自動車の運転者が、右追突により負傷したとして、右追突した普通乗用自動車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、右運転者の父親に対し右運転者の右損害賠償債務につき締結したとする併存的債務引受契約に基づき、右車両の所有者と目される者に対し自賠法三条に基づき、損害の賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実
1 別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。
2 被告松尾信孝(以下、被告信孝という。)の本件責任原因(前方不注視・ブレーキ操作不適当の過失。民法七〇九条。)の存在。
3 原告は、本件事故により頸部損傷の傷害を受け、うすき病院へ昭和六〇年四月二五日から昭和六一年八月七日まで通院し、右期間の内昭和六〇年五月七日から同年七月六日まで入院した(右通院期間の内実治療日数一九三日。右入院期間六一日間。)。
4 原告には、障害等級一四級該当の後遺障害が残存している。
5 原告は、本件事故後、自賠責保険金金七五万円を受領した。
二 争点
1(一) 被告松尾正の本件責任原因
(1) 原告の主張
被告松尾正(以下、被告正という。)は、被告信孝の父であるが、同人は、被告信孝が本件事故を惹起した直後、原告との間で、被告信孝の原告に対する本件損害賠償債務につき同人と併存してこれを引受ける旨の併存的債務引受契約を締結した。
(2) 被告正の主張
被告正が被告信孝の父であることは認めるが、原告主張のその余の事実及びその主張は全て争う。
(二) 被告諏訪日那子(以下、被告諏訪という。)の本件責任原因
(1) 原告の主張
(イ) 被告諏訪は、本件事故当時、被告車の所有者であつた。
なお、被告諏訪は、本件第一回口頭弁論期日(昭和六二年七月二二日午後一時)において右事実を認めながら、第二三回口頭弁論期日(平成三年四月一〇日)に至つて、右陳述を撤回し、被告諏訪の子である諏訪としひろが右車両の所有者である旨主張するに至つた。
被告諏訪の右陳述内容の変更は、所謂自白の撤回(取消)に当たるから、原告は、これに対し異議を述べる。
よつて、被告諏訪は、自賠法三条に基づき原告の本件損害に対し責任を負うべきである。
(ロ) 仮に、右主張が認められないとしても、被告諏訪の右新たな主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法であるから、許されない。
(ハ) 仮に、右主張が認められないとしても、被告諏訪が被告車の保有者であり、したがつて、自賠法三条所定の運行供用者であることに変わりはない。
即ち、被告諏訪は、右車両を購入するに際してこれを見分し、そのうえで右車両を購入した。そして、同人が右購入代金を自己名義のローンで支払い、自宅の駐車場にこれを保管し、右車両が任意保険に加入していないこと等右車両の状況についても認識していた。
更に、被告諏訪は、対外的にも、同人が右車両の所有者である旨認識されていたし、本件訴訟を含め同人が責任を負う行動をしていた。
よつて、被告諏訪には、自賠法三条に基づく本件責任原因が存在する。
2 被告諏訪の主張
被告諏訪は、同人が被告車の所有者となつていることは、認めるものである。
しかしながら、同人は、右車両の名義上の所有者に過ぎない。
即ち、被告車は被告諏訪の子諏訪としひろによつて購入されたものであるが、同人は、右購入時未成年であつたため、母である被告諏訪の名義を利用してローンを組んだ。しかし、諏訪としひろは、当時、有職者で、右ローンの支払い、その他燃料費等の経費を全て負担し、右車両の運転管理も、専ら同人において行つていた。
一方、被告諏訪は、無免許で、右車両を一度も運転したことがない。したがつて、同人には、右車両に対する運行支配がなかつた。
よつて、被告諏訪は、自賠法三条所定の運行供用者に該当しない。
3 原告の本件入院の必要性の有無
被告らの主張
原告は、前記のとおり本件受傷の治療として、昭和六〇年五月七日から同年七月六日まで六一日間うすき病院へ入院した。
しかしながら、原告の本件受傷には、右入院の必要性がなかつた。
原告は、本件事故当日から一二日後に至つて六一日間も入院している。しかし、同人の右入院は、それ以前と何等異なつた検査結果が出ていないにもかかわらず行われたものであり、その必要性がなかつた。
加えて、原告の本件他覚症状は、四・五・六・七頸椎の変形、五・六頸椎間の狭少化であり、右各症状は、本件事故と相当因果関係がないものであつた。更に、原告は、心臓肥大・高血圧等の内蔵疾患をも有していた。原告の本件入院は、右既往症及び内科的疾患治療のためであり、本件受傷の治療のためではなかつた。仮に右入院の必要性があつたとしても、六一日間も入院する必要性は、原告の本件受傷からして到底考えられない。
4 原告の本件損害の具体的内容
主たる争点となる損害費目
治療費 金一二六万二〇四五円
(一) 原告の主張
(1) 原告がうすき病院から請求されている治療費総額は、金三四〇万一八〇〇円であるが、その内金二一三万九七五五円は、被告らが右病院と何度も話合つたうえ、同人らから右病院に直接支払われた。
(2) そこで、原告は、本訴において右治療費残金一二六万二〇四五円を本件損害として請求する。
なお、被告らの右治療費に関する主張は、同人らにおいてうすき病院と何度も話合い相当治療費として支払つたものであるから、理由がない。
(二) 被告らの主張
(1) 原告主張(1)の事実は認め、同(2)の事実は争う。
(2) 被告らには、原告主張の本件治療費金一二六万二〇四五円の支払い義務はない。
その理由は、次のとおりである。
(イ) 入院費
原告に本件入院の必要性がなかつたことは、前記主張のとおりである。
よつて、別表(Ⅰ)記載の入院費金九三万五七二五円は、本件事故と相当因果関係がない。
(ロ) 諸検査費用
諸検査の内、眼底・脳波・XIP・CT・EKG・尿一般・採血の各検査は、原告の本件受傷との関連から見て不必要である。
よつて、別表(Ⅱ)記載の各検査費用金二二万四四七五円は、本件事故と相当因果関係がない。
(ハ) 内服薬・頓服薬
(a) 内服薬
レモミン・ビバント・バソロは、脳代謝改善剤であり、本件事故によつて原告の脳幹部に障害が発生することは考えられない。
よつて、別表(Ⅲ)記載の内服薬代金三三万〇〇五〇円は、本件事故と相当因果関係がない。
(b) 頓服薬
セレンジン・サイレース・プロエントラは、自律神経失調剤として通常は使用しない薬剤である。
仮に、原告に自律神経失調症があつたとしても、右症状は、本件事故と相当因果関係がない。
よつて、別表(Ⅲ)記載の頓服薬代金二八七五円は、本件事故と相当因果関係がない。
右(a)・(b)の合計金三三万二九二五円
(ニ) 注射料
(a) 静脈注射
シトリンS・レコグナンは、脳代謝改善剤であり、セルリールは、抗潰瘍剤かつ脳代謝改善剤であるが、本件事故によつて原告の脳幹部に障害が発生することは考えられない。
したがつて、別表(Ⅳ)1記載の静脈注射料金一八万一四二五円は、本件事故と相当因果関係がない。
(b) 点滴
原告の本件症状は、前記のとおり入院治療の必要がなく、点滴を必要とする程重篤なものでなかつた。したがつて、同人には、静脈注射で十分であつた。
それ故、点滴の内脳代謝改善剤であるシトリンS・セルリールを除き、その他を静脈注射に置き換えた場合、別表(Ⅳ)2記載の金二六万二二二五円が過剰請求となる。
右(a)・(b)の合計金四四万三六五〇円
(ホ)(a) 原告主張の本件治療費金三四〇万一八〇〇円の内本件事故と相当因果関係がない治療費右(イ)ないし(ニ)の合計は、金一九三万六七七五円であるところ、右金三四〇万一八〇〇円から右金一九三万六七七五円を差引くと、その残金は、金一四六万五〇二五円となり、右金員が本件事故と相当因果関係に立つ治療費である。
(b) 右金一四六万五〇二五円は、一点単価金二五円で計算したものであるが、健保単価は一点金一〇円であるところ、自由診療の治療費といえども、請求し得るのは健保単価の二倍に当たる金二〇円が限度というべきである。
(c) そこで、本件治療費についても、右金一四六万五〇二五円を点単価金二〇円で再計算すると、その金額は、金一一七万二〇二〇円となる。
146万5025円×20/25=117万2020円
(d) 本件事故と相当因果関係に立つ治療費は、右主張から明らかなとおり金一一七万二〇二〇円であるところ、被告らは、既に右金額を越える金二一三万九七五五円を本件治療費として支払ずみである。
よつて、被告らには、原告主張の本件治療費残金を支払う義務がない。
5 原告の既往症等の存否及びその存在と本件損害との関係
(一) 被告らの主張
原告には、本件事故以前から前記のとおりの既往症及び内科的疾患が存在し、これらの症状も、同人の本件損害の発生拡大に影響を与えている。
(二) 原告の主張
被告らの右主張事実は争う。
原告は、本件事故以前健康体で、被告らが主張する既往症や内科的疾患は存在しなかつた。
6 損害の填補
(一) 被告らの主張
被告らは、本件事故後、原告の本件損害に関して合計金一七〇万四一一七円を支払つた。
(二) 原告の主張
被告らの主張事実は認める。
しかしながら、右支払金金一七〇万四一一七円は、原告の本件損害の内休業損害として支払われたものであり、それ故、原告は、本訴において、同人の休業損害を請求していない。
したがつて、右支払金金一七〇万四一一七円を原告の本訴請求損害に対する填補とすることはできない。
第三争点に対する判断
一 被告正と被告諏訪の本件責任原因の存否
1 被告正関係
(一) 被告正が被告信孝の父であることは、当事者間に争いがない。
(二)(1) 証拠(甲七、乙二七、三〇ないし三九、四〇の一、二、原告、被告正各本人、弁論の全趣旨。)を総合すると、次の各事実が認められる。
(イ) 被告正は、本件事故直後、原告と会い、同人に対し、「息子が赤信号で当て逃げして申し訳ない。十分養生して欲しい。費用は、自分の方の保険を使用する。」旨申し述べ、原告も、被告正の右申出を了承した。
(ロ) 被告正は、右事故後、同人が本件事故とは無関係な同人所有車両につき契約していた自家用自動車保険〔同人の家族も被保険者となつている他車特約条項付(被保険者が保険の対象となつている右車両以外の任意保険に加入していない車両を運転して事故を起した場合に、当該事故についても保険金を給付する旨の特約条項。)。〕の代理店へ右事故の発生を連絡し、右保険金の給付を得て原告の本件損害を填補しようとした。
(ハ) 弁護士真砂泰三(本件訴訟における被告ら訴訟代理人)が、その後、被告正の代理人となり、原告の右損害につき原告側と交渉した。
(ニ) 原告の本件損害の内治療費の一部や休業損害等が、被告正名義で支払われた。
なお、治療費の一部は、うすき病院へ直接支払われたが、休業損害は、原告がこれを受領した。
(2) 右認定の一連の事実関係に基づくと、原告と被告正との間で、本件事故直後、被告正において被告信孝の原告に対する本件損害賠償債務を右被告と並んで引受ける旨の、暗黙の合意、即ち、所謂併存的債務引受の合意が成立したと認めるのが相当である。
なお、本件損害賠償債務の原債務者である被告信孝の右合意に対する意思は必ずしも明確でないが、本件事故の発生原因、右損害賠償債務の内容、被告正と同信孝との身分関係等から見て、被告信孝においても、右債務引受の合意成立には反対の意思を有していなかつたと推認するのが相当である。
よつて、被告正には、本件併存的債務引受の合意に基づき、原告の本件損害を賠償する責任があるというべきである。
しかして、被告信孝と被告正との本件損害賠償債務との関係は、本件において当事者間で連帯債務関係を成立させる旨の意思表示が認められない以上、単なる不真正連帯債務関係と認めるのが相当である。
2 被告諏訪の本件責任原因の存否
(一)(1) 被告諏訪が本件事故当時被告車の所有者となつていたことは、当事者間に争いがない。
(2) 証拠(乙二一、被告諏訪本人)によれば、被告車は、被告諏訪の子である諏訪としひろ(以下、としひろという。)が昭和五九年一〇月頃購入したものであること、同人は当時未成年者であつたため母である被告諏訪の名義でローンを組んだこと、その関係で、被告諏訪が右車両の所有者として登録せざるを得なかつたこと、しかしながら、としひろは、当時就職していて収入があつたので、右ローンの割賦金は、同人において負担し被告諏訪を介して支払われていたこと、右車両は、普段被告諏訪ととしひろが同宅する右被告宅の駐車場に駐車してあつたが、右車両の使用は、全くとしひろの自由であつて、被告諏訪の関知しないところであつたこと、したがつて、右車両のガソリン代や維持管理費用は、全てとしひろが負担していたこと、被告諏訪は、無免許であり、右車両購入時右車両を見たものの、以後右車両に一度も乗つたことがなく、右車両がどのように使用されていたのか全く不明であつたこと、被告諏訪は、本件事故後になつて初めて、としひろが右車両を被告信孝に貸与しその間に同人が右事故を惹起したことを知つたことが認められる。
(二) 右認定各事実を総合すると、被告諏訪は、本件事故当時、被告車の名義上の所有者ではあつたものの、右車両に対する運行支配も、運行利益も有しなかつた、したがつて、同人は、右事故当時、被告車につき自賠法三条本文所定の運行供用者ではなかつたと認めるのが相当である。
よつて、被告諏訪に対する本件責任原因の存在は、これを肯認できないというべきである。
(三) 原告は、次のとおり主張している。
即ち、被告諏訪において本件訴訟の当初同人を被告車の所有者と認めていながらその後にこれを変更し同人は自賠法三条所定の運行供用者に該当しない旨主張するに至つた。
右主張の変更は所謂自白の撤回(取消)に該当するので、原告は、これに対し異議を述べる。
よつて、原告の右主張について判断する。
(1) 確かに、本件記録によれば、被告諏訪は、本件第一回口頭弁論期日(昭和六二年七月二二日午後一時。以下、先行主張という。)において、同人が被告車の所有者であることを認める旨の答弁をし、本件第二三回口頭弁論期日(平成三年四月一〇日午前一〇時。以下、後行主張という。)において、被告諏訪は被告車の名義上の所有者ではあるが、右車両に対する運行支払を有しなかつた故自賠法三条本文所定の運行供用者に該当せず、したがつて同人に本件責任原因は存在しない旨主張していることが認められる。
(2) そこで、被告諏訪の右後行主張の内容を本件記録に基づいて検討して見ると、同人の右主張は、要するに、同人が被告車の所有者であることは認めるものの、それは名義上のものに過ぎず、同人において右車両に対する実質的な運行支配を有さず、したがつて同人は自賠法三条本文所定の運行供用者に該当しないと結論付け、右結論を根拠付ける種々の間接事実を述べていることが認められる。
右認定事実に基づき、被告諏訪の右先行主張と右後行主張とを総合的に検討すれば、被告諏訪の右後行主張は、右先行主張の自白を維持しつつも新たな事実を付加した所謂制限付自白に該当すると解され、したがつて、右後行主張は、右先行主張の自白の撤回(取消)には該当しないと解するのが相当である。
よつて、原告のこの点に関する主張は、理由がない。
(四) 原告において、被告諏訪の右後行主張は時機に遅れた攻撃防禦方法であるから許されない旨主張する。
しかしながら、被告諏訪の右後行主張が本件第二三回口頭弁論期日において行われたものであることは前記認定のとおりであるところ、本件記録によれば、本件訴訟は、第二七回口頭弁論期日(平成三年九月四日午前一〇時)まで期日を重ね、その間、当事者双方の主張を継続していることが認められるから、右後行主張を取上げて審理すると本件訴訟の完結が特に遅延するとも認め得ない。
よつて、原告の右主張は、右認定説示の点で理由がなく、採用できない。
二 原告の本件入院の必要性の有無
1 本件事故の発生日時、原告の本件受傷内容、同人が昭和六〇年五月七日から同年七月六日まで六一日間うすき病院へ入院したことは、当事者間に争いがない。
2 証拠(乙一、二、一八、証人薄木、同橋本、原告本人。)によれば、原告は、本件事故当時第二交通株式会社にタクシー運転手として勤務していたが、右事故当日の昭和六〇年四月二一日から同月二五日までの間、その体調に多少異常を覚えながら辛棒し、同月二三日に出勤し当日の乗務に就いたこと、しかしながら、同人は、同月二五日午前中右会社に出勤し上衣を着替える時、同人の背中に激痛を感じ、右会社の近所にあつたうすき病院へ赴き、診察を受けたこと、うすき病院で右診察を担当した医師は、原告を診察した結果、同人の首から肩甲部、背部にかけての疼痛と筋肉の硬結を認め、同人の主訴と合せて本件受傷の診断をしたこと、右医師は、その際、原告に対し通院して様子を見ようと申述べたこと、原告は、以後、同月二六日、二七日、三〇日、同年五月一日、二日、四日と右病院へ通院して診察治療を受けたが、同人の頭重感、頸部の突つ張り感、吐気、倦怠感等の症状は軽減せず、むしろ増大傾向にあつたこと、同人は、同月六日から項部重感と右頸部から右背部にかけての突つ張り感が強くなり夜間睡眠をとれなくなつたこと、原告は、同月七日の受診時、右症状を担当医に訴え、担当医も、原告の右症状の推移から入院治療の必要を認め、同人を入院させたこと、うすき病院では、原告の右入院期間中同人に対し投薬と点滴、安静、持続牽引の治療を施こし、運動療法に切り替え通院治療が十分可能と判断したうえ、同人を同年七月六日退院させたことが認められる。
3 右認定各事実を総合すると、原告には本件入院治療の必要があり、しかも、当事者間に争いのない期間中入院治療の必要もあつたと認めるのが相当である。
右認定説示に反する被告らの主張は、当裁判所の採るところでない。
三 原告の本件損害の具体的内容
1 治療費
(一) 原告がうすき病院から請求されている治療費総額は金三四〇万一八〇〇円であるところ、その内金二一三万九七五五円は被告らが右病院と何度も話合つたうえ同人らから右病院に直接支払われたことは、当事者間に争いがなく、原告に、うすき病院へ入院し本件入院期間中治療を受ける必要があつたことは、前記認定のとおりである。
(二)(1) 本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての治療費は、右事故と相当因果関係に立つ治療期間(以下、相当治療期間という。)と密接不可離の関係に立つというべきである。
そこで、原告の本件相当治療期間について判断する。
(2) 原告のうすき病院における初診日である昭和六〇年四月二一日から右病院退院日の同年七月六日までの治療期間が本件相当治療期間であることは、前記認定から明らかである。
問題は、原告の昭和六〇年七月七日から何日までの治療(同人が同日から昭和六一年八月七日まで治療を受けたことは、当事者間に争いがない。)が本件相当治療期間と認め得るかにある。
(イ) 証拠(乙一、原告本人。)によれば、原告は、担当医師から、昭和六〇年八月二三日、体をできるだけ動かすようにとの、同年九月一〇日、なるべく馴し運転をするようにとの、同月二〇日、仕事に馴らしに行くように、との各指示を受けたこと、しかし、原告は、右いずれの指示にもしたがわず、何ら行動しなかつたこと、原告が担当医師から右各指示を受けた頃及びそれ以後の同人の症状は、頸部重感、頸部痛、頭痛、倦怠感、しびれ感等の自覚的症状による愁訴のみであり、これに対する治療の内容も、それ以前の治療内容と変わらず、又、それ以後の治療内容も変わつていないことが認められる。
(ロ) 右認定各事実を総合すると、原告の本件受傷は、遅くとも昭和六〇年一〇月一〇日には症状固定したと認めるのが相当である。
(なお、頸部損傷患者の九〇パーセントが受傷後三か月までの間に治癒することは、当裁判所に顕著な事実である。)
(3) 右認定説示に基づくと、原告の本件相当治療期間は、昭和六〇年四月二五日から同年一〇月一〇日までと認められ、同年一〇月一一日以後の治療は、本件後遺障害に対する治療というべきである。
しかして、右後遺障害に対する治療が本件事故と相当因果関係に立つものと認められるためには、一定の事由の主張・立証を必要とするところ、本件において、右一定の事由の主張・立証がない。
よつて、原告がうすき病院から請求されている治療費の内昭和六〇年一〇月一一日以後の分は、これを本件損害と認め得ない。
(三)(1) 次に、右認定にかかる本件相当治療期間におけるうすき病院請求の治療費を見るに、証拠(甲三、一〇ないし一三の各一、二。)によれば、右相当治療期間内における右請求治療費の合計額は、金二四〇万六九五〇円(昭和六〇年四月二五日から同年七月六日までの分金一七一万八六五〇円、同年七月七日から同年一〇月一〇日までの分金六八万八三〇〇円。)であることが認められる。
(2)(イ) ところで、被告らにおいてうすき病院請求の右治療費の内金二一三万九七五五円を右病院に直接支払つたこと、しかも、右支払いは当事者間で何度も話合つたうえで行われたことは、当事者間に争いがない。
(ロ) 証拠(甲三、乙二七、三八、三九、弁論の全趣旨)によれば、被告らの右支払金の内金一三八万七六八〇円は、昭和六〇年四月二五日から同年七月六日までの請求治療費合計金一七一万八六五〇円から一定の減額事由〔必要のない入院時の室料差額、不必要な注射(点滴)。内服薬の投与、不必要な検査等。〕に基づく金額を差引き減額したものであること、被告らの右支払金の内金七五万二〇七五円は、原告の昭和六〇年七月七日以後の右請求治療費を右第一回支払いの場合と同じ理由に基づき減額したものであること、うすき病院としては、右各支払いに付せられた減額事由について特段の異議を述べることなくこれらを受領したことが認められる。
(3) 右認定各事実を総合すれば、
(イ) 原告の昭和六〇年四月二五日から同年七月六日までの本件治療費の支払いは、右金一三八万七六八〇円の支払いをもつて完了し、したがつて、原告の被告らに対する右治療費の支払請求権は、右支払いによつて消滅したというべきである。
(ロ) しかして、原告の昭和六〇年七月七日から同年一〇月一〇日までの治療につき、その請求治療費が合計金六八万八三〇〇円であることは前記認定のとおりであるところ、右請求治療費も、被告らの第二回支払い分金七五万二〇七五円の支払いによつて完了し、したがつて、原告の被告らに対する右治療費の支払請求権も右支払いによつて消滅したというべきである。
(四) 右認定説示から、原告の本件損害としての治療費は存在せず、したがつて、同人の被告らに対する右治療費の支払請求権も存在しないというべきである。
2 入院雑費 金六万一〇〇〇円
(一) 原告が六一日間入院したことは、当事者間に争いがなく、右入院及び入院期間の必要性については、前記認定のとおりである。
(二) 本件損害としての入院雑費は、右入院期間六一日中一日当たり金一〇〇〇円の割合による合計金六万一〇〇〇円と認める。
3 近親者の付添及びその交通費
(一) 原告の本件受傷の内容、同人の入院及び入院期間は、当事者間に争いがなく、同人の右入院当時の症状、右入院及び入院期間の必要性は、前記認定のとおりである。
(二)(1) 証拠(証人橋本)によれば、原告の右入院期間中同人の妻橋本ミイがうすき病院へ通い原告に付添つたことが認められる。
(2) しかしながら、原告がうすき病院の担当医から原告への付添いを求められたことを認めるに足りる証拠はなく、又、原告の本件受傷内容、同人の入院時の症状内容から見て同人の入院中の症状が付添看護を要する程重篤であつたとも認め得ない。
よつて、原告主張の右近親者の付添及びその交通費は、その経済的負担が認められるにしても、未だ本件損害とは認め得ない。
4 原告の通院交通費 金五万三七六〇円
(一) 原告の本件相当治療期間が昭和六〇年四月二五日から同年一〇月一〇日までであることは、前記認定のとおりである。
しかして、原告が右相当治療期間中の昭和六〇年五月七日から同年七月六日まで入院したことは、当事者間に争いがない。
したがつて、原告の本件通院期間は、右相当治療期間から右入院期間を除いた期間ということになる。
(二) 証拠(甲九、一〇の一、一二、一三の各二、乙一。)によれば、原告の右通院期間中の実治療日数は合計八四日であること、原告が右通院に使用した公共交通機関としてのバスの料金は、一日当たり金六四〇円であつたことが認められる。
右認定各事実を総合すると、同人の本件損害としての通院交通費の合計は、金五万三七六〇円となる。
5 後遺障害による逸失利益 金三九万六八八二円
(一) 原告に障害等級一四級該当の後遺障害が残存していることは、当事者間に争いがなく、同人の本件受傷の症状固定が昭和六〇年一〇月一〇日と認めるのが相当であることは前記認定のとおりである。
(二) 証拠(甲七、乙一八、証人橋本、原告本人、弁論の全趣旨。)によると、原告は、本件症状固定時五六歳(昭和四年三月一日生)であつたこと、同人の本件事故当時の年収は金二九〇万六四九五円(日額金七九六三円)であつたこと、同人は、本件症状固定後、本件後遺障害のため本件事故以前の収入を得ることができないこと、が認められる。
(三)(1) 右当事者間に争いのない事実及び右認定各事実に基づくと、原告は、本件後遺障害により労働能力を喪失し、そのため経済的損失、即ち実損を被つていると認められるところ、同人の本件後遺障害による逸失利益算定の基礎資料を、次のとおり認めるのが相当である。
(イ) 基礎収入(年額) 金二九〇万六四九五円
(ロ) 労働能力喪失率 五パーセント
前記認定各事実を主とし、所謂労働能力喪失率表を参酌。
(ハ) 労働能力喪失期間 三年。
(2) 右認定の基礎資料に基づき、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額をホフマン式計算方法にしたがつて算定すると、金三九万六八八二円となる(新ホフマン係数は、二・七三一〇。円未満四捨五入。以下同じ。)。
290万6495円×0.05×2.7310≒39万6882円
6 慰謝料 金二四〇万円
前記認定の本件事実関係に基づくと、原告の本件慰謝料は、金二四〇万円と認めるのが相当である。
7 原告の本件損害の合計額 金二九一万一六四二円
四 原告の既往症等の存否及びその存在と本件損害との関係
1 証拠(乙一、証人薄木、原告本人。)によると、原告には、本件事故以前に自覚症状はなかつたものの、その当時から、加齢等過去の生活歴に基づき、四・五・六・七頸椎の変形・五・六頸椎孔の狭小化が存在したこと、これらが本件事故により原告の後頚部等に疼痛等の病現象を惹起していことが認められる。
なお、被告らは、原告にはその主張に係る内臓疾患も存在した旨主張し、証拠(乙一)中には、右主張事実の存在をうかがわせる趣旨の記載もある。
しかしながら、証人薄木正敏は、この点について明言していないし、被告らの右主張事実を明確に診断した資料もなく原告本人は、同人には本件事故以前受診した勤務先の定期健康診断でも被告ら主張の内臓疾患の存在は発見されなかつた旨供述している。
右認定に照らし、被告らの右主張事実は、未だこれを肯認するに至らない。
2(一) 右認定各事実及び前記認定にかかる原告の本件受傷の治療経過とを総合すると、原告における前記認定の頸椎の変形・頸椎孔の狭少化は、本件事故以前から存在したもの、即ち、本件事故とは相当因果関係に立たない、同人の既往症であり、しかも、原告の本件相当治療期間内における本件受傷の治療には、右既往症の治療も混在していたと認めるのが相当である。
(二) 右認定説示に基づくと、右既往症の存在が原告の本件相当治療期間を伸長させ、同人の本件損害を拡大させたというのが相当であつて、かかる場合に、原告に生じた本件損害の全てを被告らに負担させることは、不法行為責任としての損害の公平な負担という立場から見て不当というべきであるから、原告の本件損害から右既往症が右損害に寄与する割合に応じて右損害額を減じ、その限度で被告らに本件責任を負担させるのが相当である。
しかして、右既往症の存在の本件損害に対する寄与度は、前記認定説示の全事実関係に基づき、二〇パーセントと認めるのが相当である。
原告の本件損害金二九一万一六四二円を右説示に基づき減額すると、その後に原告が被告らに請求し得る本件損害は、金二三二万九三一四円となる。
五 損害の填補
1 原告が本件事故後同人の本件損害に関し被告らから金一七〇万四一一七円の支払いを受け、自賠責保険金金七五万円を受領したことは、当事者間に争いがない。
2 被告らは、原告に対する右支払金全額をもつて同人の本訴請求損害への填補とすべきである旨主張する。
しかしながら、証拠(甲七)によると、被告らは右金一七〇万四一一七円を原告の本件休業損害に対する補償として支払つたことが認められ、原告が本訴において休業損害を請求損害費目として掲げていないことは本件記録から明らかである。
右認定各事実に照らすと、原告の本件総損害(本訴において請求損害費目として掲げられていない損害を加算)を問題にする場合は格別、そうでない本件においては、請求損害費目に掲げられていない損害に対する既払いを、請求損害費目に掲げられている損害に対する填補とすることは当を得ないというべきである。
よつて、被告らのこの点に関する主張は、理由がなく採用できない。
3 原告が受領した自賠責保険金金七五万円は、本件損害に対する填補として、同人の前記認定にかかる本件損害金二三二万九三一四円から、これを控除すべきである。
右控除後における原告の本件損害は、金一五七万九三一四円となる。
六 弁護士費用 金一六万円
前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金一六万円と認めるのが相当である。
七 結論
以上の全認定説示に基づき、原告は、被告信孝、同正に対し、各自に、本件損害合計金一七三万九三一四円及びこれに対する本件事故日であることが当事者間に争いのない昭和六〇年四月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。
原告の被告諏訪に対する請求は、全て理由がない。
(裁判官 鳥飼英助)
事故目録
一 日時 昭和六〇年四月二一日午前六時一五分頃
二 場所 神戸市中央区波止場町一番六号先交差点東側入口付近
三 加害(被告)車 被告松尾信孝運転の普通乗用自動車
四 被害(原告)車 原告運転の普通乗用自動車
五 事故の態様 原告車が本件事故現場付近において、自車の対面信号の標示赤色にしたがつて停止していたところ、後方から直進して来た被告車に追突された。
以上
〔別表〕
(Ⅰ) 入院料
60・5・7~60・6・10 21,879点
差額ベツド(室料) ¥28,000―
60・6・11~60・7・6 13,598点
差額ベツド(室料) ¥20,800―
〔{(21,879点+13,598点)×¥25}+(¥28,000+¥20,800)〕=¥935,725―
(Ⅱ) 検査費用
<1>負荷脳波検査 <2>X―P <3> CT <4>眼底 <5>EKG・尿一般・血沈・採血
60・4・25~6・10 600点 110点
7・7~9・10 600点 653点
(369+284)
9・11~10・10 653点 1236点 260点
(369+284) (150+25+15+70)
12・9~61・1・10 600点
61・1・11~2・10 653点
(369+284)
4・5~5・7 389点
5・8~6・10 600点 300点
7・11~8・7 600点 689点 1036点
(389+300)
3000点 3337点 2272点 110点 260点
<1>+<2>+<3>+<4>+<5>=8979点
8,979点×¥25=¥224,475―
(Ⅲ) 内服薬・屯服薬
<省略>
(Ⅳ) 注射料
1 静脈注射
<省略>
2 点滴否認:静脈注射に置き換えた場合。
61・4・25~6・10
〔309点-{139点-(37点+26点)}×33回〕×¥25=¥192,225――<1>
シトリンS・セルリール
〔311点-{139点-(37点+26点)}×2回〕×¥25=¥11,750―――<2>
6・11~7・6
〔309点-{139点-(37点+26点)}×10回〕×¥25=¥58,250―――<3>
計(<1>+<2>+<3>)=¥262,225―